さくや(@sakuyakonoha77)です。
鉋など片刃の刃の刃裏を平面にすることを、一般的に裏押し(うらおし)と呼び、特別な研ぎ方が必要になります。場合によっては『刃裏が命』と言われることもあるほど裏押しは重要で、これは鉋や鑿などの木工道具でも同様です。
この記事では、鉋の裏押し方法について金盤を使う方法を紹介した後で、焼結ダイヤモンド砥石を使う裏押し方法について詳しく説明していきます。
鉋の裏押しの方法で困っている方は参考にしてみて下さい。
鉋の裏押しとは
鉋の裏押しとは、鉋の刃裏を研いで完全に平面にすることを指します。刃裏は刃物の切れ味を決める重要な要因のため、裏押しをすることで刃物の切れ味を良くすることができます。
片刃の刃物の場合、下の図で示すように刃裏と鎬面(しのぎめん)の合わさる部分が刃先になります。
鉋の刃先は刃裏の延長なので、刃裏が歪んでいたり傷がついていたりすると鎬面をいくら研いでも切れ味が良くなりません。そのため、鉋の切れ味を良くするために、まず刃裏を平面に仕上げることが重要になります。
鉋の刃裏を見ることができるなら、以下のポイントを観察してみてください。
- 鉋の刃裏は、刃先まで完全な平面になっているか
- 鉋の刃裏に傷や錆がないか
刃裏が歪んでいたり傷があるようなときには修正が必要で、その際には通常の研ぎとは異なる考え方と手順が必要になります。
一般的な鉋の裏押しの方法
一般的には、鉋の裏押しと言えば金盤を使う方法がよく知られています。市販の金盤(鉄板)の上に金剛砂(研磨剤)と少量の水を置き、刃裏で金剛砂をすりつぶすように力いっぱい押し付けて研ぐ方法です。
金盤を使った裏押しの方法については、こちらの書籍でとても詳しく紹介されています。
この本では鉋の裏押しの際に必要になる『押し棒』という道具や、その使い方についても写真付きで分かりやすく紹介されていて、私もこの本を参考に裏押しをして鉋の刃裏をピカピカにすることができました。
しかしこの方法は、伝統的ではあるものの致命的な弱点があると思っています。
それは、金盤自体の平面が保証されていないということです。
金盤は、使っているうちに平面ではなくなってしまう
案外忘れがちなのですが、金盤は鉄です。
そして刃物は、鉄に炭素などを加えて、さらに焼き入れまでして硬くした『鋼』です。
さて問題だ。
柔らかい鉄と硬い鋼。二つをこすり合わせたら、どちらがすり減るかな?
そんなのわかりきってるじゃない。柔らかい鉄のほうよね
その通り。つまり金盤で刃物を裏押しをしたら、金盤のほうが先ににすり減る。そこが問題なんだ
金盤による裏押しを何度も繰り返すと、自然と金盤のほうが凹んできます。数度の裏押しくらいであれば気になりませんが、では何回裏押ししたら平面でなくなるのかはわかりません。
金盤が狂ってしまえば刃裏を平面にすることはできなくなるので、金盤を修理に出すか、新しい金盤を買うかの二択に迫られてしまいます。
そもそも平面精度が保証されていないものを基準にしてしまっている時点で、私はこの方法に納得することができませんでした。
そのため私は金盤を使う方法は早々に見切りをつけて、平面精度が保証されている焼結ダイヤモンド砥石を使う方法を採用することにしました。
焼結ダイヤモンド砥石を使う方法
金盤を使う方法に対して、砥石を使って鉋の刃裏を研ぐという裏押し方法があります。
金盤のときのように力いっぱい押すわけではないので、裏押しというよりも裏研ぎと言った方がよさそうだけどね
ここで非常に重要なのは、高い平面精度を持つ砥石を使うことが絶対条件という点です。
さらに、鋼を削れるくらいの高い研削力を持ち、なおかつ刃裏に深い傷をつけないような粒度の細かい砥石を使う必要があります。
これらの条件を満たす砥石と言えば・・わかるかな?
さっき答えを書いてたよね
しまった!?
先ほども書いてしまいましたが(笑)、鉋の裏押しに最適な砥石は『焼結ダイヤモンド砥石』です。高い番手でも強力な研削力を持ち、かつ極めて高い平面精度を持つという、鉋の裏押しにもってこいの砥石です。
かなり値が張るというデメリットがあるものの、極めて高い精度で平面が保証されるので、一度買ってしまえば安心して裏押しできるというメリットがあります。
金盤や砥石の平面に不安を感じながら裏押しをするのは精神的につらいものがあります。そんな不安におびえるくらいなら、焼結ダイヤモンド砥石を一つ買って安心して裏押しをした方が精神衛生上よいと思っています。
っていうか、焼結ダイヤモンド砥石って鉋の裏押し以外の用途あるの?
正直言うと、無いかも。裏押し以外の用途なら焼結ダイヤモンド砥石を使わなくても何とかなるからなぁ
焼結ダイヤモンド砥石を使った鉋の裏押し手順
焼結ダイヤモンド砥石を使った鉋の裏押しの手順について詳しく説明していきます。
具体例として西洋鉋のブレードを使います。西洋鉋のブレードは裏が平面となっているのが特徴で(裏スキが無い)、いわゆるベタ裏の研ぎ方になりますが、焼結ダイヤモンド砥石を使えば確実に平面にすることができます。
なんで、和鉋じゃなくて西洋鉋なの?
あえてベタ裏の刃物を研ぐことで、砥石のあたりがわかりやすくなると思ってね。私が一番よく使っている鉋だからってのもある
1. 焼結ダイヤモンド砥石#6000で鉋の刃裏を研ぐ
まず最初に焼結ダイヤモンド砥石で鉋の刃裏を研ぎ、平面に整形していきます。ここではナニワの焼結ダイヤモンド砥石#6000を使用しています。
ナニワの焼結ダイヤモンド砥石#6000は、刃先がちょっとダレている(すり減っている)という程度なら10分~20分で修正ができるくらいの研削力で、鉋の裏押しにはちょうどよいと感じているのでお勧めです。
鉋の刃裏を研ぐ際の注意点は
- 刃全体に均等に力をかけて、刃裏が平面になるように研いでいく
- わずかに刃先側に力をかけるつもりで研ぐ
- 焦らず、ゆっくり前後に動かして研ぐ
の3点です。それぞれ詳しく説明します。
鉋の刃裏全体に均等に力をかける
鉋の刃裏を平面にすることが目的なので、均等に力をかけるというのはわかりやすいと思います。しかし『刃先からどこまでを砥石に当てればよい?』でちょっと悩むかもしれません。
刃先数mmだけを研ぐと刃裏というよりは裏鎬(うらしのぎ?)になってしまうので、目安としては西洋鉋のブレードなら刃先から数cm、日本の鉋や鑿ならばもとからある刃裏の範囲全体を砥石に当てるイメージで良いと思います。
初めて裏押しをすると刃の先端がなかなか砥石に当たらないものですが、辛抱強く、出っ張っている部分を押し付けるようにして研いでいくと、やがて刃裏全体が均一に砥石に当たるようになります。
わずかに刃先側に力をかけるつもりで研ぐ
裏押しに慣れていないと、裏をどれだけ研いでも刃先が砥石に当たらないという状態が続くことがあります。
刃先が砥石に当たる気配がない・・と感じるときは、ほんのわずかに刃先側に強めに圧をかけて、ほんのわずかに刃先側に傾けるイメージで研ぐようにします。
ただし刃先だけを研いでしまうと逆効果なので、焦らずに刃裏の平面を広げて刃先まで広げるように研いでください。
焦らず、ゆっくり前後に動かして研ぐ
鉋の裏押しで一番重要なのは、刃裏を正確な平面にすることです。
ここで焦ってしまい、手を早く動かして研ぐと、どうしても手がブレて刃裏に歪みが出ます。特に手前側&奥側、あるいは刃の角だけを砥石のこすりつけるとになって部分的にすり減ってしまい、刃裏がダレる原因になります。
裏押しは特別な作業なので、急ぐ必要はありません。ゆっくり研ぐことを心掛けて研いでみてください。
また、ゆっくり研いでいれば起きない問題だと思いますが、砥石がぐらついたり前後に動いたりするとやはり刃裏が歪む原因になります。砥石が動いて困る場合は、砥石を固定する砥石台(研ぎ台)があると便利です。こちらの記事で作り方を紹介していますので、参考にしてみてください。
焼結ダイヤモンド砥石を使う際のコツ
焼結ダイヤモンド砥石は、通常の人造砥石とは違って砥泥が出てきません。そのため、刃を研ぐ際に『刃が表面を滑っているだけ』『強く押し付けて研ぐとビビる』といった研ぎにくさを感じることがあります。
そういう時には名倉砥石※と呼ばれる小さな砥石をこすりつけて泥を乗せたり、研磨剤のWA紛などを耳かき一杯ほど乗せて研ぐことで刃の食いつきが良くなり、気持ちよく研げるようになります。焼結ダイヤモンド砥石の研ぎで違和感を感じる場合は試してみてください。
焼結ダイヤモンド砥石の研ぎ終わり
鉋の刃裏が完全な平面になったら、焼結ダイヤモンド砥石での研ぎは終わりです。特に刃の先端、左右の角が砥石にしっかり当たっているかどうかを注意して見るようにしてください。
焼結ダイヤモンド砥石で研いだ後は、刃裏の平面が出ているものの細かい研ぎ傷がついている状態になっています。これは顕微鏡(x100)で観察するとよくわかります。
このままでは刃先を研いだ時に傷が影響してしまうので、さらに細かい砥石で仕上げをしていく必要があります。
2. 仕上げ砥石で刃裏の研ぎ傷を消す
次に、あらためて仕上げ砥石で鉋の刃裏を研ぎます。焼結ダイヤモンド砥石による傷が刃裏についてしまっている状態なので、その傷を消すことが目的です。
上の写真ではシャプトン黒幕#8000を使っています。
シャプトン黒幕#8000は刃裏の仕上げ砥石として十分な性能を持っていますが、通常の人造砥石でどちらかと言えば柔らかい方なので、次の点に十分に注意します。
- 事前にしっかりと面直しをして、砥石の表面を完全な平面にしておく
- 研いでいる最中もこまめに面直しを行い、平面が崩れないようする
- 水を多めに使い、砥泥を出して泥で研ぐようにする
一つ目と二つ目の注意点は、鉋の刃裏の平面を崩さないようにするために必要な絶対条件です。過去に書いた記事で面直しのポイントを紹介していますので、そちらも参考にしてみてください。
三つ目の注意点は、砥石で研ぐときに起きている『研削』と『研磨』という二つの作用が判らないとピンとこないと思うので、詳しく説明していきます。
砥石の研ぎ方には二種類ある ~研削と研磨について
砥石で刃物を研ぐときには、実は二つの研ぎ方があります。砥石の泥を残して研ぐか、泥を洗い流して研ぐか、の二つです。
そもそも砥石の泥は何なのかというと、砥石に含まれる研磨剤が砥石から脱落して水に混ざっている状態です。
この泥の上で刃物を滑らせるように研ぐと、細かい研磨剤粒子が金属表面を磨いている状態になり、表面は傷の少ない滑らかな仕上がりになります。この作用を『研磨(けんま)』と呼びます。
一方で、泥が無い砥石の上で刃物を動かすと、刃物は砥石に埋め込まれている研磨剤に直接ぶつかってゴリゴリ削られて、表面は傷だらけの粗い仕上がりになります。この作用を『研削(けんさく)』と呼びます。
今回は焼結ダイヤモンド砥石の傷を消すことが目的なので、泥を多めに残して傷を消すような研ぎ方をするのが良いというわけです。
刃物を大きく削りたいときは泥を使わずに『研削』、表面をきれいにしたいときは泥を残して『研磨』
って使い分けると研ぎの効率が良くなるよ
シャプトン黒幕#8000の研ぎ終わり
焼結ダイヤモンド砥石で付けた細かい傷が見えなくなっていれば、#8000での研ぎも終わりです。刃先まで砥石に当たり、しっかりと平面になっていることを十分に確認してください。
この時の刃裏の状態を顕微鏡(x100)で観察すると、
上の写真のように、以前見えていた細かい傷がほとんど消えていることがわかります。この状態になっていれば鉋の裏押し終了として大丈夫で、どんな刃物でも実用レベルで十分な切れ味が出せるはずです。
お疲れ様でした!
ん?この後にも記事が続いているみたいだけど‥
ここからは、さくやこのは名物『こだわりコーナー』だ
でた・・無駄なこだわりコーナー
さて、ここから先はこだわりの領域です。さらに上の切れ味を目指したり、鉋の薄削りに挑戦したりする場合に必要な裏押し手順となりますので参考にしてみてください。
3. さらに上の超仕上げ砥石で鏡面にする
シャプトン黒幕#8000で鉋の裏押しをすれば、実用上十分な切れ味を出すことができます。しかし実は刃裏にはまだ細かい傷があったり、真の平面にはなっていなかったりすることがあります。
切れ味で評価したとしても、やはり#8000で究極の切れ味が出るということはなく、もっと上を目指すことができると感じるはずです。
そこで、さらに上の切れ味を目指す場合は、さらに上の番手の人造砥石や天然砥石で刃裏を研いで裏押しをすることになります。
上の写真ではシャプトン黒幕#12000で研いでみました。
シャプトン黒幕#12000で裏押しをすると、刃裏はこのような状態になります。
写真で見てわかるとおり、完璧に鏡面になっていることがわかります。文字もはっきりくっきり見えており、刃先まで歪みがないこともわかります。
また、天然砥石を持っている方はぜひ天然砥石による仕上げも試してみてください。下の写真は『中山戸前』という砥石を使って仕上げているところです。
もうここまでくると、写真では違いがわからんw
このレベルになると見た目で語っても仕方が無いので、実際に刃を付けて切ってみて、切れ味がどう変わるかといったことを評価するしかなくなってきます。
まとめ
今回は鉋の刃の裏押しについて詳しく説明してみました。
鉋に限らず片刃の場合、よく切れる刃を付けるためには刃裏が完全に平面であることが重要です。さらに刃裏に傷があると切れ味に影響してしまうので、可能な限り傷を消して鏡面に仕上げることが理想です。
裏押しの方法として、私はダイヤモンド砥石で裏押しをする方法をお勧めしています。この方法であれば砥石の平面精度を心配することなく、安心して裏押しをすることができます。
この方法で極めて重要となるのが、適度な研削力があり、かつ平面が崩れることのない焼結ダイヤモンド砥石です。
この焼結ダイヤモンド砥石を使って平面を作ることができれば、あとは人造仕上げ砥石を使って傷を消すだけで裏押しとしては十分です。
ただし裏スキがある刃物の場合は研ぎすぎないように十分注意してください。今回は詳しい説明を省きましたが、刃裏の平面と同じくらいに裏スキも重要です。特に和包丁や鉋は最小限の裏押しで済ませるようにする必要があります。
研ぎの道に正解はなく、終わりもありません。自分が持っている砥石で試行錯誤して、自分なりのベストな仕上げ方を探してみてください!
私のブログでは、他にも『砥石の面直し』や『鑿の研ぎ方(裏押しを含む)』についての詳しい記事を紹介しています。興味があればぜひこちらも読んでみてください。