研ぎにこだわる方は、砥石の面直し(つらなおし)にも気をつかっているはずです。砥石が平面でなければ、刃物を正確に研ぐことができません。
しかし面直しは簡単なようで難しく、なかなかうまくいかないものです。私もこれには非常に苦労して、納得できる方法を見つけるまでに数年かかりました。
この記事では、私がおすすめする効率的な面直しの方法について詳しく説明していきます。私が試して失敗した方法についても紹介しますので、ぜひ参考にしてみてください。
砥石の面直しとは
砥石の面直しとは、砥石の研面(とめん)を修正して完全な平面にすることです。砥石が平面ではないと、刃物を研いでも思った通りの結果にはならないため、砥石の平面は非常に重要です。
しかし困ったことに砥石はとても形が変わりやすいのです。数分研いだだけで砥面は凹んでしまっています。(後述のダイヤモンド砥石は例外)
そのため必要となるのが砥石を平面に修正する作業、すなわち面直しと言うわけです。
砥面が平面かどうかを確認する方法
さて案外難しいのは、どうやって砥石が平面かどうかを確認するかということです。砥石が窪んでいる場合と出っ張っている場合があり、その両方に注意する必要があります。
目で見てわかるものなの?
いや~わかりにくいね。慣れてくるとなんとなくわかるようになるけど
砥石の窪みの見つけ方
砥石が窪んでいるかどうかを確認したいときは、まず鉛筆で砥面全体に線を書きます。(水で濡れていても書くことが出来ます)
そして、その砥石と他の砥石(後述のダイヤモンド砥石がベスト)をこすり合わせます。
こすり合わせた後でも鉛筆の線が消えないエリアが、砥石の窪んでいる部分だとわかります。
砥石が窪んでいると、どのような刃物でも正しく研ぐことが出来ません。包丁ならば刃の中央部分がなかなか研げず、鉋ならば刃をまっすぐに仕上げることが出来ないという状況になります。
砥石の出っ張りの見つけ方
上記とは逆に、砥石はかまぼこ型に盛り上がってしまう場合もあります。この場合は先ほど説明した鉛筆の方法では確認することができないため、砥面が直線かどうかを確認するための基準(定規)が必要になります。
直線の基準として、一般的にはストレートエッジが使用されます。
これは非常に高い精度を持っているため一番のおすすめなのですが、かなり高価な道具なのが難点です。
それだけ精度の高いものを砥石に当てるというのも気が引けるし
もしストレートエッジを使用するのがためらわれる場合は、代用としてアルミフレームを使うこともできます。コストパフォーマンスの良い方法なので、試しに使ってみるのであればおすすめです。
ストレートエッジやアルミフレームなど直線の基準になるものを、砥石の砥面に当ててみてください。
光に透かして見たとき、アルミフレームと砥石の間の光の洩れ方にムラがるようなら、砥面が歪んでいるということです。
上の写真の場合、中央はしっかり接しているのですが左側で光が洩れています。写真ではわかりにくいですが右側でも光が洩れていました。つまり、砥石の中央から右側にかけて盛り上がっているということがわかりますね。
砥石の面直しの方法
砥面の歪みを見つけることが出来たら直せばよいのですが、その方法には様々なものがあります。例を挙げると、
- 共擦り、三面擦り
- 砥石修正用の専用砥石を使う
- コンクリートブロックにこすりつける
- ガラス板とサンドペーパーを使う
- ダイヤモンド砥石を使う
ざっと思いつくだけでもこれだけあります。どれが良いかは人によって意見が異なるかもしれませんが、私の個人的意見としてはダイヤモンド砥石を使う方法をおすすめします。
ダイヤモンド砥石を使う方法のメリットとデメリット
ダイヤモンド砥石とは、ダイヤモンドの細かい粒で作った砥石です。ダイヤモンド砥石は平面精度が高く平面が崩れることがないというメリットがあり、この特徴が面直しに最適なのです。
そのほかの方法についても私は色々と試してみたのですが、いずれも難点があって断念しました。
そのあたりの失敗談は最後におまけとして紹介しておくよ
面直し用のダイヤモンド砥石は一度買ってしまえば何年も使うことが出来ます。初期投資が必要になりますが、長い目で見ればコストパフォーマンスはとても良いといえる方法です。
ダイヤモンド砥石による面直しの方法
ここからはダイヤモンド砥石を使った面直しの方法について紹介していきます。基本的には砥石同士を擦り合わせる面直しの方法と同じですが、より正確な平面を作るための注意点についても詳しく説明していきます。
ダイヤモンド砥石の置き方と押さえ方
砥石の面直しをするときは、砥石を水で濡らしてダイヤモンド砥石を上に置き、上下に動かすのが基本です。ダイヤモンド砥石を水平方向に傾けたり、横向きに置いて上下に動かすのもアリです。
砥石を押さえるときは、ダイヤモンド砥石の中心を重心として、砥石全体に均一に力がかかるように押さえるようにします。
さらに左右で力の掛け方が異なれば砥面が傾いてしまいます。左右で同じ力をかけるように注意してください。
ダイヤモンド砥石の動かし方
ダイヤモンド砥石は、砥石の長辺方向に縦向きで動かします。このときダイヤモンド砥石は砥石から大きく飛び出さないように動かすようにしてください。
ダイヤモンド砥石が砥石から大きく飛び出すような動かし方をすると、ダイヤモンド砥石が前後に傾いてしまうため砥石が丸く削れてしまい、結果的に中央が盛り上がった状態になります。
あまり意識せずにダイヤモンド砥石を動かしていると、自然と上の図の×のような動きになってしまいがちなので、時々定規(先述のストレートエッジかアルミフレーム)で状態を確認してください。
中央が盛り上がっているようならば中央を重点的に削るようにしてください。
ダイヤモンド砥石の粗さについて
ダイヤモンド砥石にも、粗いものから細かいものまでさまざまな粒度があります。
先ほど紹介したアトマエコノミーも荒目、中目、細目がありますが、私のおすすめはアトマエコノミーの中目です。これくらいの目だと目詰まりしにくいので、効率よく面直しを進めることができます。
天然砥石を販売している砥取家のご主人も、面直しにはアトマエコノミーをお勧めしていたよ
細目を使ってもよいのですが、細目は目詰まりしやすいのが難点です。刃物の最終仕上げで、砥石表面の傷が気になるような場合は細目を使うとよいかもしれません。
参考までにシャプトン黒幕#8000をアトマエコノミー中目で面直しした時の研面の状態と、アトマエコノミー細目で面直しした時の研面の状態の顕微鏡写真を載せておきます。
どちらも顕微鏡(x100)で撮影しています。中目のほうは、はっきりと研削痕が見えます。細目のほうはわずかに研削痕があるものの、中目よりは明らかに浅くて細いことがわかります。
面直しをしたら、あらためて砥石の平面を確認する
面直しをしたら、あらためて鉛筆で線を書いて確認したり、定規を使って砥石の平面を確認したりしてください。
ダイヤモンド砥石で擦れば自然と平面になる・・というわけではなく、擦り方が悪ければよけいに歪んでしまうこともあり得ます。こまめに確認を繰り返すことが重要です。
どんな研ぎも、最初の一歩は面直し。ぜひ砥石の平面に自信をもって刃物の研ぎを楽しんでください!
おまけその1。ダイヤモンド砥石の詳しい説明
ここから先は補足です。ダイヤモンド砥石の詳しい説明をしていますが、長くなってしまうので興味が無い方は読み飛ばしても構いません。
ダイヤモンド砥石とは
ダイヤモンド砥石とは、ダイヤモンドの細かい粒で作った砥石です。ダイヤを使って削るので非常に高い研磨力があるのが特徴です。
さらにダイヤモンド砥石の中にも二種類あり、焼結式ダイヤモンド砥石と電着式ダイヤモンド砥石があります。どちらを面直しに使えばよいのかを理解するために、それぞれの特徴を簡単に説明します。
焼結式ダイヤモンド砥石
焼結式ダイヤモンド砥石とは、樹脂の中にダイヤモンド粒を混ぜ込んで固めた砥石です。
構造を図で説明すると下のようになります。表面1mm程度の樹脂層にダイヤモンド粒(水色)が練りこんであります。1mmというと少なく聞こえるかもしれませんが、ダイヤモンドというだけあってすり減ることがなく、研磨力も永続的に続くので、これで十分なのです。
そして通常の砥石とは異なり、ダイヤモンド砥石は平面が崩れないという特性を持っています。
ただし焼結式ダイヤモンド砥石は非常に高価です。通常の砥石を何個も買えるくらいの値段なので、そう簡単には手を出せません。
刃物の裏を研ぐときなど、特殊な用途であればこれを使う価値もあると言えますが、砥石の面直しに使うには贅沢です。
そのため砥石の面直しでは、焼結式ダイヤモンド砥石よりも廉価な電着式ダイヤモンド砥石のほうをお勧めします。
電着式ダイヤモンド砥石
電着式ダイヤモンド砥石とは、金属板の上にダイヤモンド粒を接着したものです。
樹脂にダイヤモンド粒を練りこんでいる焼結式とは異なり、電着式は金属板の上にダイヤモンドの粒がゴロゴロと並んでいます。製法が簡単なので焼結式よりも安価というメリットがありますが、焼結式とは異なり使っているうちにダイヤモンドが剥落して研磨力が落ちていくという欠点があります。
ちなみに、ダイヤモンドが剥落しても研磨力が0になることはないので案外長く使うことができます。
むしろ、研磨力が落ちてツルツルになったもののほうが面直しには使いやすいと思う
この電着式ダイヤモンド砥石は様々な製品が販売されていますが、実は基盤の品質(平面精度)によって価格が大きく変わるので注意が必要です。
おそらく最も高品質、そして高い平面精度を持つ電着式ダイヤモンド砥石は、私が知る限りでは月山義髙刃物店で販売されている『研承ダイヤモンド砥石』でしょう。面直し専用に平面精度が高められているのが特徴です。
一方でツボ万のアトマエコノミー(台付き)も面直し用としてよく使われていますが、実は平面が保証されていないので注意が必要です。
アトマエコノミーで確実に平面が欲しい場合は、後述するように台と替刃を別々に購入して、台の精度を確かめたうえで替刃を貼り付けるのが確実です。
なお上記以外の多くのメーカーからもダイヤモンド砥石が販売されていますが、安いものは平面精度が悪いことが多いので、あまり期待しないほうが良いと思います。
ダイヤモンド砥石を面直しに使うメリット
ダイヤモンド砥石(電着式)を面直しに使用するメリットは、ダイヤモンド砥石は平面が崩れないため平面精度が高いという点に尽きます。平面が崩れない理由は二つあります。
- 砥面のダイヤが剥落しても平面は崩れない
- 頑丈な台に貼り付けて使用するため、砥面が歪むことがない
先ほど電着砥石の構造を図解しましたが、あらためてダイヤモンド砥石の砥面の平面がどこにあるかを説明すると下のようになります。
電着式ダイヤモンド砥石の砥面の平面は、表面に接着されているダイヤモンドの先端をつなぐ面ということになります。ダイヤは無数に接着されているので、その平均面とでもいえばよいでしょうか。
このダイヤは使っているうちにポロポロと取れていきますが、すべてのダイヤが無くなるわけではなく、残っているダイヤが平面を維持してくれます。そのため研磨力が落ちても平面は崩れないのです。
なお、電着式ダイヤモンド砥石のそもそもの平面精度は基盤となっている台に依存しています。
台が正確な平面であればダイヤモンドの砥面も平面になりますが、台が歪んでいるとダイヤモンドの砥面も同じように歪んでしまうということです。
そのため平面精度が気になるのであれば、正確な平面を持つ台を自前で用意したうえで、電着式ダイヤモンド砥石の替刃を貼り付けて使うというのが最も確実な方法となります。
平面精度の高い台を入手する方法(1) アルミ台を自分で修正する
平面精度の高い台を用意する方法の一つは、アトマエコノミー用のアルミ台(ダイヤモンドが付いていない、ただのアルミ板)を購入して自分で確認・修正することです。
先ほども説明した通り、このアルミ台は平面である保証がありません。平面精度が気になる場合は、購入してから定規で確認する必要があります。
定規は、さっきのアルミフレームでいいの?
うん、それで大丈夫
確認して、無事に平面であればそれで良しです。アトマエコノミーの替刃を貼り付けて使用してください。
アルミ台を確認して平面でなかった場合は、自力で修正する必要があります。本記事の末尾で紹介する三面摺り(砥石2つとアルミ台1つで三面摺り)もしくはガラス&サンドペーパーにアルミ台をこすりつける方法で平面にしてから、替刃を貼ればよいでしょう。
平面精度の高い台を入手する方法(2) ガラス台を調達する
アルミ台の平面加工が難しいと感じる場合は、ガラス台を調達する方法がおすすめです。
一般的に利用されているガラス板は、実は高い平面精度を持っています。さらに『フロートガラス』とよばれるものは最高レベルの平面精度を持っているため、フロートガラスが手に入るのであればダイヤモンド砥石の台として最適です。
必要なガラスのサイズは213mm × 78mm程度、厚さは12mm以上がおすすめです。ガラス通販のオーダーメイドなどで購入できるほか、Web検索すると『アトマ用ガラス板』というのも見つかると思います。
ガラス台のデメリットを上げるとすれば、落とした時に割れる恐れがあることと、万一平面が歪んでいた場合には修正が不可能であることです。アルミ台であればこういった心配はないので、どちらも一長一短といったところです。
私は実際にガラス台を購入して、両面にアトマエコノミー替刃(中目&細目)を貼り付けて使用しています。
アトマエコノミーの替刃は裏面全面が両面テープになっているため、そのまま台に貼り付けることができます。上の写真ではすでにガラス台の裏面に貼り付け済みで、表面に2枚目を貼ろうとしているところです。
ガラス台の両面に2枚(中目と細目)を貼っているのは、面直しのときの砥面の粗さを調整できるかなと思ったためです。実際はそこまで気にする必要はないのかもしれません。
おまけその2。ボツ案いろいろ
今回の記事にまとめた方法にたどり着くまでに、私は様々な方法を試しました。
試してみたけれどうまくいかなかったボツ案についても紹介します。なぜボツになったのかが気になる方は読んでみてください。
直線確認方法のボツ案
下端定規
直線の基準とするために使う道具の一つに『下端定規』があります。
大工道具をメンテナンスする際に必要になるということで、木材を使って自作するのが一般的です。
下端定規の作り方、調整の仕方などは書籍やWebでも紹介されているので、興味がある方は腕試しと思って作ってみてください。
しかし結論を言ってしまうと、下端定規は砥石の面直しでは使えないと思っています。
その理由はいくつもあります。
- 自分で木材加工して直線にできるだけの技量が必要
- 木材は気温・室温によって変形するため、使用のたびに直線を確認・修正する必要がある
- 使っているうちにすり減ってくるので、やはり修正する必要がある
- 水回り、ましてや濡れている砥石では使えない
説明不要なほど明確な理由ばかりです。下端定規を砥石平面の基準にするのは早々に諦めました。
面直し方法のボツ案
共摺り
砥石の面直しの方法としては、同じ砥石を二つ用意してすり合わせる共摺り(ともずり)がよく知られています。
『凸凹の砥石が二つあるなら、互いにこすりあわせれば、どちらも平らになる』
という発想ですが、残念ながら間違いです。共摺りでは、平らに修正できないことが多いからです。
たとえば片方の砥石がカマボコ型にふくらみ、もう片方の砥石が凹んでいたとき、凹凸面がぴったり一致してしまうと共摺りをしていても気づくことができないのです。
それを解決するために砥石を三つ使う三面摺りという方法もあります。砥石3個を使って相手を入れ替えながら共摺りを続けると、上記のようなカマボコ問題も解決できて正確な平面を得ることができます。
この方法は正確な平面を得る方法としては間違いではないのですが、かなり時間がかかるのが欠点です。刃を研いでいる時間よりも砥石を直している時間のほうが長くなりがちです。
三面摺りのために砥石を三つ買うくらいなら、ダイヤモンド砥石を買った方がコストパフォーマンスもタイムパフォーマンスも良いのでは、と私は考えてしまいます。
市販の修正用砥石
ホームセンターでは面直し専用の砥石が販売されています。私も数個購入して使っていた時期がありますが、結局使うのをやめました。
修正用砥石は、砥石である限り使っていれば変形していきます。そのことに気づいた私は仕方なく修正砥石をもうひとつ買って共摺りしましたが、さっき説明したカマボコ問題に陥って失敗しました。
仕方なくもう一個修正砥石を買って三面摺りするか・・と考えたところで自分の愚かさに気づいて止めました。
いつのまにか修正砥石を直すことが目的になってしまっていた。修正砥石を三つ買うなんてアホだ
直したいのは砥石であって、修正砥石ではないもんね
コンクリート
血迷った私は、ついに身近にあるコンクリートも使いました。市販のコンクリートブロックに砥石をこすりつけたり、家の前にあるコンクリート地面に砥石をこすりつけたり。
しかし結論としては、コンクリートのほうが柔らかくて砥石は全く削れませんでした。
まぁ仮に砥石を削ることができたとしても、平面になるわけがないよなぁ
ちなみに私の場合は失敗でしたが、実はコンクリートを使う方法はありえないというわけでもないようです。
私の知人には、ホームセンターで買ってきたコンクリートの側溝蓋を適度な大きさにカットし、三面摺りなどをして完全な平面を出してから面直しに使っている方がいます。
緻密なコンクリートは、しっかりと加工して平面を出せば面直しに使うこともできるようです。興味がある方は試してみてください。
ガラス板とサンドペーパー
ガラス板とサンドペーパーを使う方法は、砥石の砥面を完全な平面に戻すことができるという意味では有効です。
ガラスは平面精度の高いフロートガラスであればベストですが、砥石をこすりつけられるだけの大きさと厚さのあるガラスを手に入れるのが難しいというのがネックです。
ガラスは案外高いしね
ガラス板さえ手に入ったのならば、その上にサンドペーパーを(小さく切らずにそのまま)載せて、あとはそのサンドペーパーに砥石をこすりつければ面直しができます。
ただしサンドペーパーが動いてしまうと砥石を修正しにくく、両面テープで貼ってしまうとテープの段差で平面が崩れてしまうという問題が生じるので、案外難しい方法だと思っています。
以上、面直しの話でした。ここまで読んでいただいてありがとうございます!
この記事以外にも砥石に関することを色々と書いていますので、興味があればぜひ読んでみてください。